タイミングを逸してしまい、
今さらですがハロウィンの夜のことを…。
私の住む代々木上原でハロウィンが行われるようになったのは戦後すぐからと言われています。
代々木公園は戦前は代々木練兵場、
戦後のGHQ占領下では「かまぼこ宿舎」と呼ばれた米国人将校のプレハブ宿舎が連なるワシントンハイツという家族村があり、
食糧難の時代に、
ワシントン・ハイツではグラス・ディナーセット・ポテトマッシャー・レモン搾り器・扇風機・電気ストーブ・電子レンジ・冷蔵庫・野球グラウンドなどを揃え、
「真冬でもTシャツ姿」のアメリカ人が闊歩したそうです。
表参道のスーパーマーケット紀ノ国屋は、
ハイツの主婦に生野菜を提供して大繁盛し、
白洋舎は米軍のクリーニングを機に機械化を進めたとか。
私の父の家族が表参道近辺に居を求めたのも、
デンマーク人の祖母が
「いつでもパンが食べられるようにと紀ノ国屋の近くにした」
からだそうで、
六本木の星条旗通りから代々木公園あたりには、
外国人文化が暮らしとともに息づいて、
日本の西欧文化に影響を与えていったのだそうです。
そんなことから、
代々木上原がハロウィンを楽しむ街として少しづつ口コミで広まり、
ついに代々木上原商店街はハロウィン当日に1500人分のお菓子を用意するまでになり、
その流れでたくさんの子供達が通るという…
ですから我が家もFUJIYAのペロペロキャンディーを300本ほど用意しまして、
オバちゃま達は家の前でキャンディー配りをしました
右側が私ですよー。
「Trick or Treat」って言わなきゃ、
キャンディー配ってあげないのよー。
チビッコ達が可愛いのなんの。
本来はハロウィンは子供達のもの…というホントのハロウィンを味わうことができます。
良かったら、
来年はぜひいらしてみてくださいね。
近所の林真理子さんのガレージを解放したハロウィン飾りとキャンディー配りはワンランク上だし、
内閣府特命大臣になったばかりの加藤勝信議員のお宅の前でも、
議員さんのお宅の前にあるお巡りさんの、
あの小さなテントまで電飾キラキラになって(笑)
お菓子を配っていますよ。
そして我が家でもご馳走を用意して、
東松島の漁師さんが
ワタリガニを20パイも送ってくれて、
まさにハロウィンカラーの食卓に(笑)
結局、P君だの子供達の同級生だの、
夜中までに10人以上が出たり入ったりして、
賑やかに夜が更けていき、
ボロボロになった私がチョット老けたのは言うまでもありません(笑)